
高松空港(たかまつくうこう、Takamatsu Airport)は、香川県高松市にある第二種空港である。滑走路・誘導路の一部は綾歌郡綾川町に属する。

沿革
1958年 - 高松市林町にある軍用飛行場を縮小し、供用開始。滑走路長1200m。地元では「林の飛行場」という通称が閉港まで使われていた。
1979年 - 新空港建設候補地を香南台地と決定。
1983年 - 第三種空港に指定。
1989年12月16日 - 新高松空港供用開始。滑走路長2500m。旧空港廃止。
1991年 - 新高松空港を高松空港に改称。
1992年 - 国際線旅客ターミナルの供用を開始。
2006年1月10日 - 市町村合併により、空港ターミナルビルの所在地が香川郡香南町から高松市になる。
就航路線
国内線
日本航空 (JAL):東京国際空港
日本エアコミューター(JAC) :鹿児島空港
全日本空輸 (ANA):東京国際空港、那覇空港
かつては新千歳空港、仙台空港、信州まつもと空港、小松空港、名古屋空港、大阪国際空港、関西国際空港、福岡空港、熊本空港へも就航していた。
国際線
航空会社名が2社以上の場合、最前の航空会社の機材・乗務員で運航する共同運航便
アシアナ航空 (AAR)・全日本空輸 (ANA):韓国・仁川国際空港
特徴
標高185mの高台にあるため、低温・降雨時には霧が発生しやすく、到着便の降着地変更や出発地引き返しとそれに伴う出発便の欠航がしばしば起きる。雨天に関しては、高松市の中心部が小雨でも視界不良となる場合がある。
ターミナルビル内の2階出発ロビーには2004年4月に東京モノレール、2007年8月24日に京浜急行電鉄の切符券売機が設置された。
旧空港から現空港の変遷
1989年末までは現在の空港から10km程度北の市街地に、旧高松空港があった。戦時中に設置された軍用飛行場の設備を改装して設置された空港だったが、以下の問題があり以前から何度も新空港を設置し空港機能を移転することが提案されてきた。
滑走路が1,200mと短く、市街地にあったことから用地買収が難しく滑走路の延長工事も不可能であった。(四国地方のほかの空港は1980年代初頭までにすでにジェット化のための滑走路延長を終えていた)
滑走路が短い影響で長年YS-11を中心としたプロペラ機しか就航できなかった。200人以上の乗客が運べるジェット機に対して、50人程度の乗客しか乗れないプロペラ機は圧倒的に輸送力の面で不利であった。主力だった羽田空港線も1980年代になり羽田空港の受け入れ能力が限界に達しており、これ以上の増便も見込めなかった。
上記の輸送不足もあり、山陽新幹線が開業した後は新幹線に乗客が大量に流れた。(ただし、瀬戸大橋が開通する1980年代末までは、新幹線に乗るには宇高連絡船に乗るなど何回もの乗換えを余儀なくされた)
ジェット機と比べ、スピード面でもプロペラ機は圧倒的に不利だった。現在新空港から発着する羽田空港線は1時間弱で羽田に到着するが、YS-11が就航していた旧空港時代の羽田空港線は羽田まで2時間弱かかっていた。
市街地に位置していたため、離着陸時の騒音が問題となっていた。空港化する前には航空自衛隊の練習機が着陸に失敗し、滑走路の手前にある民家に墜落するという事故もあった。
以上のこともあり、早急に新空港への移転が望まれたが、用地探しが難航し結局1980年代の末に香南町(現・高松市)の高台に新空港が設置され、空港機能が移転された。現在、旧高松空港の跡地は「香川インテリジェントパーク」という産学の施設用地になっており、コンベンションホールの「サンメッセ香川」や、香川県立図書館、企業の研究所などが設置されている。
かつては国内線も様々な都市に就航していたが、新幹線や高速バスに乗客が流れ関西方面や九州方面の便は次々と運休に追い込まれている。鹿児島線は離島への乗り継ぎがいいこと、那覇線は観光需要があることから利用率もまあまあ良好だが、羽田で乗り換えて新千歳まで向かう乗客が増えたため2007年度をもって新千歳線が廃止になったり、唯一の国際線であるソウル線も韓流ブームが一段落し利用率が低迷しているなど、予断が許さない状況である。その一方、羽田空港線は数年前から増便を繰り返しており、利用率も上々であることから、地元の人の間では羽田線専用空港と揶揄されることもある。

