宮崎空港(みやざきくうこう Miyazaki Airport)は宮崎県宮崎市にある第二種空港。
宮崎市の南部、海岸地帯にある。市の中心部からの距離は約5kmと至近距離である。
長距離陸上交通の不便さに加え1960年代の新婚旅行ブームなども重なり、当初より乗降客が多く、早くから各種設備が整えられ、地方空港のパイオニア的な存在として発展してきた。「日本一のローカル空港」とも呼ばれている。
イベント会場を設け、年間100を超える各種イベントを実施。中でも世界唯一の空港コンサート「エアポート・ナイトライヴ」は、一青窈をはじめ、新旧多くのミュージシャンが行ってきた。その他にも、日本有数のギターショーや展示会、ジャイアンツ、ソフトバンク・ホークス等のイベントも開催されている。
1996年に、ターミナルビルまで連絡鉄道(JR宮崎空港線)が接続されたため、ビジネス需要も多い県北部の日向市・延岡方面のアクセスも良好である。宮崎市街地とは、宮崎交通の路線バスと、鉄道の両方のアクセスがあり、路線バスは列車より便数が多い。観光需要の多い宮崎県総合運動公園(巨人キャンプ地)・青島・日南市方面や、小林市方面、都城市方面へも路線バスが通じる。
太平洋戦争中は日本海軍航空基地であり、航空機(零式艦上戦闘機など)用の掩体壕が現存している。これは空港沿いを走る国道220号から容易に観察できる。
空港ターミナルの運営は、地方空港で唯一民間主導の会社「宮崎空港ビル」(宮崎交通と全日本空輸で50%超)で行っている。
独立行政法人 航空大学校の宮崎本校キャンパスが滑走路北側にあり、ビーチクラフト式A36型訓練機(ボナンザ)によるエアライン・パイロットの養成が行われている。空港ターミナルや国道などからタッチアンドゴーなどを含む離発着訓練の様子を観察できる。ときには新人訓練生らの不安定(危なっかしい)な着陸を見ることもでき、そのような機体が無事に着陸すると、一般利用客から拍手が起こることもある。
1970年代から滑走路を2500mに延長する計画があったものの、漁業補償で難航し、新田原基地などへの移転も検討されたが、県は立地条件を最重視したため、かなりの時間を要しながらも現空港での滑走路延長となった。
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